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2006年8月10日

自由と放任


10年W杯南アフリカ大会を目指すオシムジャパンが好スタートを切った。日本代表は9日、トリニダード・トバゴ代表と対戦し、MF三都主アレサンドロ(29=浦和)が2ゴールを挙げて、イビチャ・オシム監督(65)就任後初の親善試合を2―0の勝利で飾った。会心の勝利だったが、新指揮官は運動量が90分間続かなかったことを指摘。勝ってなお日本サッカーに対して苦言を呈した。


  オシムはジーコと同様、システムに人を当てはめるのではなく、選手に合わせてシステムを組む監督である。そういう点では、徹底してシステムに人を当てはめる戦略をとったトルシエとは対極にある監督だといえる。


しかし、ジーコとは違い、選手には常に細かい注文を出す。特に、思慮のないプレーをする選手にはかなりキツイ言葉でしかりつけることも珍しくないのだという。そういう点では、同じ「選手にあわせて戦術やシステムを考える」監督といっても、まったく別のタイプの監督といえそうだ。


ジーコは選手に対してほとんど注文を出さなかった。自分達で考えて、自分達で行動するように、とはいったものの、具体的な指示はほとんど出さなかった。


結果はW杯予選敗退。最後までチームがまとまることはなく、中田英寿も「このチームは真剣に練習したりすることが苦手」と発言するなど、集中力に欠けた状態も続き、結局、消化不良のまま終わってしまった。ジーコはなまじ、自分が優秀な選手だっただけに「このぐらいはできるだろう」と考え、具体的な指示をしなかった(というか、引き出しが少なくて指示できなかったのかも)わけだが、結局、それが裏目に出てしまった。


一方、オシムは右サイドの選手が左サイドに行こうが、守備の選手が攻撃参加しようが自由。だが、練習のときから常に「考えざるを得ない」状況、「走らざるを得ない」状況を作る。ジーコと同じ、「自由を与える」という手法であるのに、ある一定方向に向かうように確実に誘導しているという点では、かなりジーコとは違う。ここまで差があると、ジーコは「自由を与えた」のではなく、単に「放任していた」ようにさえ見えてくるわけで、同じ「自由を与える」という手法でも、人によってこれほども大きく変わってしまうわけである。


これは、サッカーに限らず、今後、色々と予測不能なことが起きる時代に、人を指導したり、組織を動かしたりする際には、非常に参考になることだといえるだろう。


トルシエのように1から10まで言わないときがすまない人は世の中にたくさんいる。結果は、予測できる状況であるうちは非常に効果を発揮するが、一人一人が自分で頭を使って動いているわけではないため、予想外の事態が起こったときなどには上手く対応できず、潰れてしまったりする。


一方、ジーコのように具体的な指示はあまり出さず、「自由にやってくれ」という指導の仕方をする人もいる。しかし、この手法は言われた側がある一定レベルを超えている時には効果を発揮するが、そこまで達していないときには、どうしてやっていいかわからなくなるため、いくら本人達にやる気があっても低いパフォーマンスのまま終わってしまうことも少なくない。


本人達が自分達の頭で考えて自由にやってもよいのだが、そのための考えるきっかけや材料を与えたり、自由にやっても良い結果が出せるようにレベルをひきあげるための訓練を施すこと。これが今後の世の中においてはまずます重要になってくるのではないかという気がする。そういう点で、オシム型の指導方法というのは非常に参考になるのではないかと思うのである。(ちなみに、現在、Jリーグ首位の川崎フロンターレの監督も、このオシム型の指導者だ)


ま、オシム・ジャパンはまだ始まったばかりで、今後どのような結果になるのかはわからない。だが、オシムのやり方は非常に勉強になるのではないか、と思う。色々と学ぶことが多そうだ。


(今日の一言)
オシムは数学の教授になれたほど頭が良いという。世界的には、トップレベルの成績を上げるスポーツ選手をやりながら医者の資格を取ったり、弁護士の資格を取ったりする人も珍しくない。


日本ではそういった頭の良いスポーツ選手とは言えば、中田英寿ぐらいしか思いつかない。


こういう、スポーツも出来るけど、頭も非常に良い人が増えると、状況は大きく変わってくるのかもしれない。


オシムの言葉
木村 元彦
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