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2009年4月18日

正しいか正しくないかよりも・・・

物事を判断するとき、正しいか正しくないかで判断すると、意外と結論がまとまらなかったり、的が外れた結論になることが少なくない。


「女性は結婚したら家庭を守るべきで、外で働いたりするべきではない!」という理屈は昔は正しかったけれど、今、こんなことを言ったら殺されてしまう・・・ぐらい暴論となってしまう。


今、アメリカは「タリバン許せん!」といっているが、昔、ソ連がアフガンに侵攻した際には、大量に武器を供給し、立派な抵抗者・英雄達として扱っていたわけで、時代が変わると同じ相手が英雄になったり極悪人になったりしてしまう。


正しいか正しくないかはその時代や国・地域、文化、道徳観等によって正しくなったり、間違ったりするので、そのときは正しいと思ったことも、別の人が見れば大きな間違いに見えたり、後になってとてつもない誤判断という結論になったりする。意外と、ずれやすいものなのである。


なので、難しい判断をしなければならないときは、「正しいか正しくないか」で判断するより、「得か、損か」「面白いか、面白くないか」といった基準で判断した方が、結果的に意外とあとから見て正しい判断をしていることが少なくなかったりするので、良いかもしれない。


「女性は結婚したら家庭を守るべきで、外で働いたりするべきではない!」という話を道徳観などから正しいか正しくないかで判断しようとすると人によってバラバラな結論になってしまうが、「得か損か」で考えると、昔はそちらの方が得だったけれど、今は共働きをする方がメリットがあるので、女性も働いた方が良いという結論になるため、意見がまとまりやすくなる。


靖国神社に政治家が参拝するのは正しいか正しくかないかを言い出すと、延々と議論がまとまらないが、「日本という国にとって損か得か」「その行為をすることによって、面白くなるかならないのか」といった基準で考えると、意外と結論が見えてくるような気がする。


自動車は年間1万人近い死傷者を出し、100万人近い怪我人をだす凶器だが、だから廃止しようと言う話にならないのは、そのデメリットを遥かに上回るメリットが存在するからである。得か損かで言えば、ある方が得である。車が存在する方が面白いのか面白くないのかで言えば、ある方が現在は面白いのである。


議論がまとまらず、答えを出しにくい場合には、このように「正しいか正しくないか」で判断するよりも、「得か損か」「面白いか面白くないか」といった基準で判断した方が結果的に上手くいくことが少なくない。


覚えておくと、きっと難しい判断をしなければならないとき、何かの役に立つのではないでしょうか。


(今日の一言)
歴史的に見て、善と悪が対決したときではなく、どちらも自分達が正義だと言い張ってぶつかるときや、片方が自分の正義を相手に一方的に押し付けるときに、大戦争や大虐殺が行われている。


「正しい正しくない」という判断基準は、人を攻撃的にしたり、対立を生み出しやすくする。また、そこまでして押し付けた正義が、後の世や、他の立場の人から見たときに、全く正義ではなくなることが少なくないということが多々ある。


もうすこし別の判断基準を持っていることは、非常に重要だと思います。



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