あるお坊さんの説教より
自分の身近な人が死ぬと悲しい。「まだ、こんなこともしたかっただろうに」とか、「もっと、こういうことをいしてあげれば良かった。」とかいったことを考えると、ますます悲しくなる。
ただ、仏教の世界では、あの世こそ「主」の世界であり、この世、つまり現世は魂のレベルを上げるためにやってくる修行の場なのである。だからこそ、苦しいこと・つらいこと・悲しいことを数多く経験するわけであり、赤ん坊が生まれたときに大泣きするのは、今から大変な修行の生活を送らなければならないことを思って、泣くのである。死ぬとは、ようやく、苦しい修行を終えて、極楽浄土に戻ることが出来るわけであるので、実は悲しむことではなく、喜ばしいことなのである。
・・・とはいっても、人は死ぬとすぐにあの世に戻れるわけではない。49日間(7週間)、暗い道を旅しながらあの世に向かっていく。そして、途中には7つの関所があり、一週間おきにたどり着くその関所で、現世での修行の成果を問われることになる(ちなみに、閻魔大王は5番目の関所を担当しているのだそうだ。)。この旅路はかなり大変なものである。
もし、あなたが、死んだ人に「生きているうちに、もっとこんなことをしてあげれば良かった。」という気持ちをもっているなら、必ずしも仏壇やお墓の前でなくてもよいから、心の中で念仏を唱えるなり、お祈りをしてあげるなりをしてあげてください。その思いは、49日の旅を進んでいく人にとっては、非常に大きな力になりますから・・。
・・・という話を以前、お葬式のときに聞いて感心したのをふと思い出したので、書いてみました。うまいこというなあ。こういう話をしてもらえば、お葬式のとき悲しんでいる人も、ちょっと気持ちが救われるのではないでしょうか。
(今日の一言)
お墓の前や仏壇の前で、先祖に願いことをしてはならない。なぜなら、それが気になって、霊が安らかに眠ることが出来ないからである。
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