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2010年6月22日

カノッサの屈辱の裏話

この記事をTwitterに投稿するはてなにブックマーク はてなにブックマーク│ この記事のカテゴリ: 11. 雑学

学生時代、歴史の教科書に「カノッサの屈辱」という事件のことが載っていました。


時の皇帝ハインリヒ4世が北イタリアで自分の影響力を高めようとして、教会の司祭に自分の子飼いの人物を任命していったため、ローマ教皇が反発。皇帝の破門をちらつかせたため、これぞ好機!と各地の諸侯がハインリヒ4世をこれを機会に皇帝の座から引きずり落とそうとしたため、あわてたハインリヒ4世が教皇のところに出向いて雪の中、頭を下げて許しを請うた・・・という事件です。


教科書では、いかに当時はローマ教皇(法王)の力が強かったのかを示す事件として紹介されていますが、史実では、その10年後、今度はこのローマ教皇はハインリヒ4世に捕らえられて幽閉され、憤死しています。このときも、教皇は皇帝を破門しようとしますが、諸侯や家臣はみんな皇帝のほうを支持したため、全く効果がなかったとのこと。つまり、別にローマ教皇の力って当時もあんまり強かったわけじゃあなかったということですね。


現代に置き換えてみると、創業者の跡を継いだ若社長が自分の好き放題にいろいろなことをやった結果、重要取引先から取引中止を宣言されそうになり、重役たちから「だから、2代目のボンボンは・・」みたいな感じで反発され社長の座から引きずり下ろされそうになって、あわててその重要取引先のところに行って土下座して謝った事件が「カノッサの屈辱」ということになります。


しかし、その後、10年が経ち、経験もつみ、社内でも信用されるようになったその社長が今度はその重要取引先を叩き潰してしまう・・・というのが正しいお話しなわけです。


その後、ローマ教皇庁はこの事件を「皇帝が教皇に頭を下げた」ということで盛んに自分たちの権威を示すための宣伝に使ったために、いかにローマ教皇が当時力を持っていたのか、という話にすりかわってしまいましたが、教科書がその宣伝どおりに書いてしまってどうするんだ?と、当時、ちょっとした歴史に詳しい少年だった私は思ったりしました・・。


・・・ってなことを、昔、このブログで書いた「忠臣蔵の裏話」という記事を読んでいて急に思い出したので、ちょっと書いてみた次第。



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